ボクには「定例会」と呼ばれる集まりがある。
日本人というのは、どうも集まりに名前を付けたがるらしい。
「○○会」なんて名前を付けた途端、ただの飲み会が少しだけ立派なものに見えてくる。
京都の木屋町という飲み屋街を起点に繋がった同級生数名が、年に数回集まって酒を飲む。
ただそれだけの会だ。
それでも、発足してから15年近く。
細く長く続いているのだから、なかなか立派なものだと思う。
メンバーは、なかなかバラエティに富んでいる。
飲食店の店主がいれば、お寺の住職もいる。建設会社の社長もいるし、ボクのような人間もいる。
そして、服屋を経営しているスグル君というメンバーもいるのだが…
彼だけは一個上だ。
なぜ同級生の集まりに、一個上のスグル君が混じっているのか。
そこに深い意味はない。
ただ、ウマが合うのだ。
この会には、一つだけ決まりがある。
焼肉を食べる。
なぜ焼肉なのかは、もう覚えていない。
誰かが肉好きだったのかもしれないし、最初にたまたま入った店が焼肉屋だっただけかもしれない。
ただ、何度か続けているうちに、
「次どこ行く?」
ではなく、
「次、どこの焼肉行く?」
になった。
そして、店を探して予約する係はいつもボクである。
仕事柄、新しい飲食店を知ることが多いので、いつの間にかその役目が当たり前になった。
別に嫌ではない。
むしろ、
「今回はここや」
と、まだ誰も知らなさそうな店を見つけることに、少し喜びすら感じている。
この日選んだのは、少し変わった「肉ノ間」という焼肉屋だった。
一日一組限定。
しかも、住所非公開。
予約した客にだけ、場所が知らされる。
そう聞くだけで、みんなの食いつきもいい。
人間というのは、「あなただけに教えます」に弱い。
こういう店を考えた人は、その辺りをよく分かっている。
「定例会」は、時間の融通がきく自営業者が多いため、焼肉屋へ行く前に必ず0次会が開催される。
この日は御幸町蛸薬師にある、スグル君が経営する服屋「カジノクラブ」へ。
店にはバーが併設されていて、夕方になると、一人、また一人とメンバーが集まってくる。
ボクが着いた時には、すでに4人ほど集まっていて、夏の甲子園の感想で盛り上がっていた。
「ゆうちゃん、ビールでいいな?」
余談だが、ボクは友人の9割から「ゆうちゃん」と呼ばれている。
そこから派生した人間関係や、木屋町の飲み屋関係の人たちもだいたい「ゆうちゃん」と呼ぶので、本名を知らない人も少なくない。
飲み屋で顔を合わせる程度の後輩からは、
「ゆうちゃんさん」
と、「さかなクンさん」みたいな呼ばれ方をすることもある。
なんだか気を遣わせて申し訳ない気もする。
カウンターから、スグル君がすっとビールを出してくれた。
選択肢などない。
でも、一杯めの正解はビールしかない。
付き合いが長くなると、余計なやり取りを省略できるのがありがたい。
そして、気がつけば6人が揃い、タクシーで焼肉屋へ向かった。
祇園のとある場所でタクシーを降り、中へ入る。
その日の客は、当然ながらボクたちだけだ。
店内には大人8人ほどが座れる個室が一室あるだけ。
他の客の話し声もなければ、隣のテーブルを気にする必要もない。
席に着くなり、店主が軽く挨拶を済ませ、手際よく肉を運んできてくれる。
部屋に備え付けられた冷蔵庫には、ワイン、焼酎、日本酒、瓶ビール。
好きなものを、好きなタイミングで自分で取り出す。
いわゆるセルフ飲み放題だ。
最近、京都でもこういう店が増えた気がする。
客は店員さんを呼ばなくていいし、店側も何度も酒を運ばなくていい。
お互いに気を遣わなくて済む。
なかなか合理的な仕組みである。
肉を焼き、酒を飲み、くだらない話をする。
仕事の話もする。
昔話もする。
誰かの失敗談を何年経っても擦り続ける。
何度も聞いている話なのに、なぜかまた笑う。
友人というのは不思議なものである。
新しい話を聞くために会っているようで、実際には何度も聞いた話を、もう一度聞くために会っているのかもしれない。
肉は一人前が400g。
6人分ともなると、さすがに大の大人でも食べきれないほどの量だ。
しかもヒレ肉など、素材にもこだわっている。
これは酒が進む。
何を話したかは、翌日になると半分くらい忘れているだろう。
でも、楽しかったという感覚だけは、ちゃんと残っているはずだ。
宴も中盤に差しかかった頃、尿意を感じた。
「ちょっとトイレ」
席を立ち、店の奥にあるトイレへ向かう。
用を足しながら、外からみんなの笑い声が聞こえてくる。
その時だ。
ボクはオシッコに力が入る。
早く終わらせたいのだ。
早くあの席に戻りたい。
話の続きを聞きたい。
自分がいない間に、面白い話が始まっていたら嫌だ。
だから無意識に、
「早よ出ろ」
とばかりに力を入れている。
女性になったことがないのでわからないが、男性は下腹部に力を入れるとオシッコの出る勢いが増す。
だから、ほんの少し、トイレの時間が短くなる。
実際に測ったことはないが、おそらく2〜3秒は短縮できるのではないだろうか。
そこで、ふと思う。
ああ。
今、幸せなんやな。
幸せを感じる瞬間というと、もっと立派なものを想像する。
仕事がうまくいった時。
欲しかったものを買った時。
家族と過ごしている時。
旅行へ行った時。
もちろん、それも幸せなのだろう。
でもボクの場合、一番分かりやすいのは酒場のトイレなのかもしれない。
一人になった瞬間に、
一人でいることが惜しくなる。
こんなに早く戻りたい場所が、数メートル先にある。
そこには旨い肉があり、酒があり、昔から知っている友人たちがいる。
オシッコをしている数十秒すら惜しいと思える時間。
それは、なかなか贅沢なことではないだろうか。
幸せというものは、案外こういうところに転がっている。
少なくともボクの場合は。
酒場のトイレで、オシッコに力が入っている時。
その瞬間だけは、
「ああ、今めちゃくちゃ楽しいんやな」
と、はっきり分かるのである。
